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人生の最後を車中泊で旅するドラマ『みちしるべ』

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大昔にみたドラマの題名が思い出せない・・・

やっと見つけたので忘れないうちに記しておきます。

 

鈴木清順と加藤治子のNHKドラマ『みちしるべ』

やっと見つけた『みちしるべ』の短い映像が

 

 

 

ドキッとする場面で動画は終了してますが・・・

安心あれ!

お父ちゃん(清太郎)は綺麗な花崗岩を見つけ、お母ちゃん(はな)に見せたくて取りに行っただけですよ^-^

 

1983年に放送されたというから、お父ちゃんは24才です。

お父ちゃんが結婚するのは25才ですから、このドラマに影響を受けたのかも(汗)

『みちしるべ』

退職したおじいさんは、おばあさんを連れて、ワゴン車で車中泊と自炊しながら日本一周の旅に出ます。
おばあさんはリウマチを患っていて歩くのが不自由です。
おじいさんはおばあさんの体が楽なようにと、夏は涼しい北海道、冬は温暖な九州へと移動するのでした。
息子一家が住む東京の家には、通過地として年に2度寄るだけ。

ふたりは、時にけんかし、時にほのぼのとしたやりとりをしながら、行く先々で出会う風景に感動したり、様々な人たちと交流したりして、数年が過ぎていきました。
ある日、おじいさんが夕食のおかずに魚を釣りに出かけて戻ると、おばあさんが息を引き取っていました。
おじいさんは、その地で荼毘に付し、葬式も上げません。
東京から駆け付けた息子たちに呆れられてしまいますが、自分の時もそうしてくれと息子に頼むのでした。

http://nana7lulu8.blog.fc2.com/blog-entry-187.htmlより引用

上記のあらすじはブログ「私たちの車旅の原点「みちしるべ」と国東半島・熊野磨崖仏(北九州紀行8)」から引用させていただきました。

このブログのご夫妻も旦那さんの退職を待ち、車中泊で全国を回られてるようになったそうです。

きっかけは『みちしるべ』

キャンピングカー保有者の50%以上が50代以降ということからも、『みちしるべ』が我々の年代に与えた影響は大きいと思います。

 

いろいろ調べるうち、『みちしるべ』の断片を思い出しました。

 

『みちしるべ』ラストシーン

清太郎(鈴木清順)妻のはな(加藤治子)

とある漁港

はなはその日の食材を釣りに行こうとする清太郎に

『今日は値札付きの魚じゃいやよ』

それが、はなの最期の言葉になります。

 

しかし・・・

 

はなの遺骨を助手席に、旅を続ける清太郎。

煙草を買おうと自販機に寄るが小銭がない。

いつも治子がいた後部シートを探すと

毛糸かごの中に、お菓子の包み紙の裏に書かれた文字を見つけます。

『あなた ありがとう

私が先でしたね

楽しかった

さようなら』

このラストシーンで号泣した方も多いんじゃないでしょうか?

かく言うお父ちゃんもその一人でした(汗)

 

断片的に、『みちしるべ』の各シーンを思い出してきました

はな 「80歳になったらどうする」

清太郎「俺が面倒をみてやる」

はな 「あらそう」

清太郎「ぼけても最後まで面倒を見てやる」

はな 「あら私100歳までよ」

清太郎「ああそうか、俺も100歳まで生きる」

はな「お酒ひかえないと100歳まで無理よ、健康管理しないと」

清太郎「分かった」

『みちしるべ』最後の最後のシーン

ヒッチハイクのおねえちゃん。

『のせられないよ。

定員はふたりなんだ』と、

お骨を助手席にのせて、颯爽と立ち去ってく。

 

『みちしるべ』まとめ

36年前のドラマを全編見ることは無理なようです。

60代世代に大きな影響を与えた名作ドラマに間違いありません。

NHKさん!

再放送は無理として、何とか見れるようにしてくださいませんかm(__)m

 

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